2009年11月11日

歴史探索ツーリング

7日(土)に岐阜県の関ヶ原古戦場と滋賀県の彦根城まで高速道を利用し、兵どもが夢の跡ツーリングと称しツーリングに行っ来ました。老兵レブルのチェーンメンテナンスも完了し、初めての長距離高速です。

朝6時、防寒を万全にして牧の原SAにツー仲間と待ち合わせ。2回の休憩を取りながらも関ヶ原古戦場には約4時間で到着。途中、一ノ宮辺りから事故渋滞がありましたが、バイクは渋滞知らずです。

愛車レブルは平均80~100キロ走行のまったり走行です。ツー仲間のハヤブサは平均120~140キロのカッ飛びです。事前に待ち合わせのSAを決めて何とか追いつきながら(汗)のツーです。

私にはまったり走行が丁度いいですね~。
思ったより時間差は無かったです。せいぜい20分位でしょうか・・・


ここが関が原か・・・・この盆地にはなんとおびただしい血が無念無念と言いながら流れている事か・・・

盆地に広がるのどかな田園風景・・・まさしく夢の跡です。感無量ですね~

当時は東海道より東西の流通は中仙道がメインの為、京・大阪に通ずる入り口の辺りのこの場所が天下分け目の決戦場になったんでしょうね・・・


























石田光成陣地より決戦場を望む。さすが、戦うにはいい場所取りです。

家康の最終陣地 歴史資料館の向えの公園内にあります。




約30~40分程で彦根城に到着。戦国ブーム?来年の大河ドラマ龍馬伝の影響なのか知りませんが、関が原の歴史資料館といい、彦根城といい結構な混みようです。特に彦根城は天守閣には長蛇の列で30分~1時間待ちの様子で見学を断念しました。

江戸時代当時の面影をそのまま残す、国宝彦根城は威風堂々とした趣です。古城を見て癒されるとは私も歳をとったということですかね・・・・

ここが安政の大獄の張本人・井伊直弼の居城か・・・吉田松蔭の見せしめ処刑等・・・元々、井伊家は静岡の三ケ日に菩提寺があると記憶してます。土佐の山之内家も初代一豊は元掛川城主、初代山之内一豊の妻千代の実家は郡上一揆の郡上藩が実家です。私達夫婦が興味を持つ歴史は必ず皆因縁絡みです。





当時のままの馬屋がそのまま現存保存されています。貴重な建物です。


この梁達も石垣も木々達も歴史の証人です。

























石田光成の居城・佐和山城跡付近を望む さぞ無念だったでしょう・・沈むゆく西陽が眩しい・・ああ夢の跡・・・

佐和山城跡は整備もされておらず、バイクではたどり着けません。歩いて行くにもかなり山道を登るとの近所のおばさん弁で登頂を断念。入り口すらわからないくらい荒廃しきってます。

荒廃のまま整備も未だにされていない事実は江戸時代からの圧力が現代にも影響を及ぼしているんでしょう!

土佐勤皇党史跡・郡上一揆史跡しかりです。

反権力主義者の末路との見せしめのように感じます。

レブル総走行558㌔ 途中燃費32.89㌔ やはり、連続100㌔走行は老兵レブルには負担が大きい様子。

でもよくがんばってくれました。ありがとうレブル。帰宅21時自宅着。





  


Posted by 醜猫 at 17:16Comments(0)滋賀県